聖バレンタイン・デー前夜の水越邸、その台所に1人の少女が立っている。


 「よしっ! いっちょ頑張りますか!」

 そう言って気合を入れる少女―――眞子の手には、
 『初めての手作りチョコレート』という本があった。





 慣れない手つきながらも、少しずつ作業を進めていく眞子。

 「あいつ、喜んでくれるかな……?」

 思わず、そんな呟きも漏れた。
 心なしか、頬も朱色に染まっている。





 「誰にあげるんですか、そのチョコレート?」

 「わっ!? おっ、お姉ちゃん!?」

 突然登場した萌に、後ろから声をかけられ驚く眞子。


 「眞子ちゃんがお料理なんて珍しいのね〜。もしかして、本命ですか?」

 「や、やだなぁお姉ちゃん。私が何で朝倉なんかに本命チョコをあげなきゃいけないのよ?」

 「朝倉くんにあげるんですね。頑張ってくださいね〜眞子ちゃん」

 思わずチョコを贈る相手を口に出してしまった眞子。
 萌はそう言うと台所を出て行ったが、1人残された眞子の顔は赤面していた……


 だが、それも束の間。
 眞子は製作途中のチョコを再び作り始めた。

 「これは本命じゃない……本命なんかじゃないんだから」

 眞子は自分に言い聞かせるように、何度もそう呟いた。
 それは逆に、素直になれない自分の想いを隠しているかのようでもある。





















                             君に贈る想い





















 ピピピピピピピ――――――



 無機質な目覚まし時計の電子音が頭に響く。
 寒いこの時期、いつまでも暖かい布団の中で寝ていたいのは至極当然だが、
 学園に行かなければならない以上、それは叶わない事であった。


 とりあえず上半身を持ち上げて、目覚ましを止め………ようと思ったが、
 体が重くて動かない。特に腹部の辺りが。

 もしかして、金縛り?


 電子音が鳴り響く中、朝っぱらから思考を巡らせてみる。



 ……………
 ……………
 ……………



 やがて俺は、異常の根源である自分の腹部を見た時、
 思考を巡らせるまでも無かったことに気がつく。
 俺のそこには、ある『モノ』が乗っかっていた。





 「さくら、何やってんだお前?」

 「うにゃ……えへへへへ、グッモーニン、お兄ちゃん♪」

 「誤魔化すんじゃない」

 「にゃにゃにゃ!?」


 そこにいるのが当然と言わんばかりに居座り続けるさくらの頬を、
 寝たままの体勢で思いっきり引っ張る。
 定番のお仕置き技だ。
 おお、よく伸びる。さすがはもち肌。


 あんまりやるとかわいそうなので、いい加減止めてやる。
 すると、さくらは逃げるように俺のベッドから飛びのいた。
 これでやっと目覚ましを止められる……





 よく見ると、こいつはもう学園の制服に身を包んでいた。


 「お前また帰ってきたんだよなぁ、そう言えば……」

 しかもそのまま本校に編入してきたし。
 結果的には、去年の今頃と同じ状態になったようなものだ。

 「あっちでの研究が一段落着いたから、せっかくだしね」

 「帰ってくるのはいいが、お前ちっとも変わらんな?」

 本校生になったというのに、こいつは相変わらずガキのころの体型のままだ。


 「うにゃ、これから、お兄ちゃんがビックリするような美人になるんだから!」

 不満げに頬を膨らましてさくらが言った。



 「それはともかく、何しにきたんだ、さくら?」

 「今日は、お兄ちゃんに渡すものがあって来たんだよ」

 「渡すもの? 俺の誕生日とかなら、まだ先だぞ?」

 「違うよ〜。今日は、1年に1回しかない特別な日なんだよ」

 不満タラタラと言った感じのさくら。
 「分っかんないかな〜?」とか、そういう類の言葉を言いたげだ。
 ところで、誕生日だって1年に1回しかないと思うが、それはあえて突っ込まないことにした。



 「2月14日」

 「今日は何日だ?」と、俺が聞く前に、すかさずさくらが言った。



 2月14日、そうか今日は―――



 「バレンタインデーか……」

 ……………かったりぃ


 「ピンポンピンポ〜ン! That’s right! 大正解だよ!」

 何が嬉しいやら、さくらが相変わらずのハイテンションで言った。
 朝から無駄に元気なヤツだ……


 「じゃあ何だ、お前は俺にチョコを届けに来たとでも言うのか?」

 「そうそう、練習して頑張ったんだから! はい、どうぞ!」

 そう言うと、何やら大き目の包みを俺に渡すさくら。
 せっかく持ってきてくれたのだ、断る理由はなかろう。
 (持ってくる形態はもうちょっと考えて欲しいが)
 俺は迷わず受け取った。


 「開けて開けて!」

 「へいへい……」

 子供のようにせがむさくらに押されて、チョコの包みを開ける。
 そう言えば、こいつからバレンタインデー当日にチョコをもらったのは初めてかも。
 何せ去年までは、アメリカから送ってきていて、大幅に遅れての到着だったからな。
 当日に、しかも直に渡せて、あいつの喜びもひとしおなのだろう。

 まあ、それはともかく、開けてみるとそこには、およそ通常のチョコには見えない物が姿を現した。



 「気合……って、一体? 大体、何だこりゃ? 星型のチョコか?」

 ソレの上には、チョコペンで書いたのであろう、ホワイトチョコのヘタクソな字で『気合』と書いてあった。
 まあ、漢字で何か書いてあるのは、毎度毎度のことだから気にしないでおこう。

 だが、星型のチョコとは珍しいな……普通はハート型とかだと思うのだが?


 「これはね、函館にある五稜郭をイメージして作ったんだよ!」

 「五稜郭ぅ? お前なぁ……」

 こいつはかなりの日本かぶれの上に、何だかセンスが微妙だから困ったものだ。
 いくらなんでも、チョコに五稜郭はないだろ?
 和洋折衷もはなはだしい。

 だが確かに、よく見ると細かいディティールまで再現されている。
 何分の一の大きさになるのかは知らないが、このままプラモにできそうなほどの出来だ。



 「しかし、無駄にデカイな……」

 「うにゃ、形が難しかったからこの大きさで精一杯だったんだよ」

 「だったら普通の作れっての!」

 直径が大体30センチぐらいは楽にある。
 こんなものを今、食うわけにはいかない。
 とりあえず、冷蔵庫で保存だな。



 「まあ、一応礼は言っておく。ありがとな、さくら」

 「素直じゃないな〜お兄ちゃんは。嬉しいなら最初からそう言えば良いのに」

 「普通のチョコを持ってくるようになったら、素直に喜んでやるよ……」

 だるさをできるだけさくらに伝えるように言った。
 こいつのせいで、朝から疲れてしまった。

 もっとも、俺の意図を汲んでくれたかは微妙な所だが。



 「兄さ〜ん、起きてるの〜? 早くしないと遅刻するよ〜!」

 「ヤベェ、音夢が来る! さくら、また後でな!」

 「にゃ、残念だけど仕方ないね。それじゃまた後で! Good Bye、お兄ちゃん!」

 今の状況を音夢に見られてはかなり面倒だ。
 とりあえず、さくらを窓の外へと逃がし、俺も急いで制服に着替えた。
 さくらは、手を振ったりなんかして、出て行く時まで元気だった。










 「おはよ〜っす」

 「おはよう、兄さん」


 俺が下に降りると、既に音夢は朝食を摂っていた。
 トーストにインスタントコーヒー……いつもながら、侘しい食卓である。



 だが、そんな食卓に、一際目立つ存在があった。
 華やかな包装に、ハートという形状。それはいわゆる―――


 「チョコレートか、音夢?」

 「うん。…………言っておくけど、あくまで義理だからね、義理チョコ!
  風紀委員として、学校で渡すわけにはいかないし、
  かといって妹としては渡さずにもいられないし……」

 「分かってるっての」

 思わず言葉にかったるさが滲み出てしまった。

 まったく、こいつはゴタクばっかり並べやがって。
 この素直じゃないさ加減は、一体誰に似たんだろうね?



 とりあえず、チョコを手に取り、音夢に視線をやる。
 あいつが頷いたので、恐らく開けて良いということだろう。
 視線だけで俺の考えを察してくれるのは、さすが我が妹といったところか?

 だが、包装を解こうとした時、ある恐ろしい推測が俺の頭の中をよぎった。


 「音夢、お前まさか、これって自分で―――」

 『自分で作ったのか?』
 そう言いかけて、俺はその言葉を何とか飲み込んだ。
 確かに自作かどうかは気になる。ある意味では、死活問題だからな。

 だが、そんな事を聞いたら、今この場で惨殺されてしまうだろう。
 もっとも、もう遅い気がするが……



 「あっ、その辺りは安心して良いよ。ちゃ〜んと、市販の物を買ってきたから」

 「えっ? あ、ああ。そうなのか」

 「私だって、自分の料理の腕の程は分かっているつもりだし」


 そう言う音夢の表情は笑顔だが、どこか影のあるものだった。
 ……ホワイトデー、ちゃんとしてやらないとな。
 でないと、今度こそ本当に惨殺されかねん。



 「さあ兄さん、早く行こう。せっかく早く起きれたのに、遅刻しちゃあもったいないよ?」

 「おお、じゃあそうするか」

 いつもの朝食に加え、チョコレートも食い終えた俺は席を立った。



 「音夢」

 行きがけに玄関で声をかける。


 「なに?」

 「ありがとな」

 何はともあれ、このぐらいのことを言ってもバチは当たらんだろ。
 実際、ちょっとは嬉しいし。


 「なっ、何言ってるんですかもう! 早くしないと、本当に遅刻しちゃいますよ!」

 ……焦って裏モードに入りやがったな、こいつは。
 あいつなりの照れ隠しなのだろう、ちょっと赤い頬で、音夢がそう言った。
 口調と声からするに、結構動揺したようだ。
 俺、そんな風なセリフ言ったかな?










 そして学校。

 思いの外、早く家を出ることになったので、かなり余裕のある到着となった。
 どちらかと言えば、遅刻スレスレの到着が多い俺の姿は、今の時間帯には珍しいワケで……


 「おはよ、朝倉。今日はバカに早いじゃない?」

 ほれ見ろ。早速寄ってくるやつがいた。
 この朝からの失礼な物言いは、言うまでも無く眞子。


 「うるさいネズミが朝から2匹も出たから、家を早く出ざるをえなかったんだ」

 「何よそれ? あんたの家、そんなに古かったっけ?」

 「古くはないんだが、同じヤツがずっと住みついていてな。まあ、一匹は結構最近来たんだけど」

 「余計に訳分かんないわよ……」

 ため息混じりに眞子が言った。
 分からずとも良い、と言うか下手に分かってもらうと困る。



 「そう言えばさ、朝倉。今日は―――」

 「おはようマイ同志! 今日はやけに早いではないか!?」

 眞子の言葉を遮り、朝からハイテンションなヤツその2が現れた。
 杉並だ。


 「たまにはな。お前こそ、何の用だ?」

 「親友の席を訪ねるのに、理由などいるまい?」

 「……今はテメェを親友と思いたくはない!」

 吐き捨てるように言う。
 こいつ、締めるところはバシッと締めるのだが、いかんせん普段がなぁ……



 「ふむ、まあ良い。それに、理由が無いわけでもないのでな」

 「へいへい。それじゃあ杉並君のお話でもお聞きしましょうかね?」

 投げやりの態度で応答する。もうこうなればやけっぱちだ。


 「朝倉よ。今日は何の日か知っているか?」

 「知ってるよ。バレンタインデーだろ? 既にまざまざと見せ付けられたからな」

 「いや、そうではなくてだな―――」

 「あ、あのさ朝倉」

 突然会話に割り込んできて、言いにくい事でも言うかのように、ちょっと目線をずらしながら眞子が言う。


 「ああ、悪いな眞子。話の途中だったっけ? さっき、何か言いたそうだったけど、何だったんだ?」

 「う、ううん。もう良いの、気にしないで。
  あっ、そうそう。お姉ちゃんが、『今日のお鍋は特別製だから是非来てください』って。忘れないでね。
  ………そっ、それじゃあ!」

 逃げるように自分の席へ戻っていく眞子。
 どうしたんだ、急に?
 何だか妙に残念そうだったし。

 ……………どちらにせよ分かるのは、
 萌先輩の伝言を伝えるためだけに俺の席に来た―――って訳じゃ無さそうだ。
 最後の妙にしおらしい態度、ありゃ、一体何なんだ?



 「ふむ、これは面白い事になりそうだ」

 「何がだよ?」

 「いや、何でもない。………そうだ朝倉、お前に1つ忠告をしておこう。
  自分の周りにいる者のプロフィールぐらいは把握しておいた方がいいぞ。
  思わぬ時に役に立つからな」

 突然訳の分からないことを口走る杉並。
 理由を問いただそうとしたその時―――



 「ほら、席に着いて〜。ホームルーム始めるよ!」

 暦先生が絶妙なタイミングで教室に入って来た。
 当然、杉並も自分の席に戻ってしまうわけで…………

 結局、謎の発言の真相は、分からずじまいであった。










 「あっ」

 と言う間に昼休みになってしまった。
 結局、あの後も杉並のヤローに上手く逃げられ、あの言葉の意味は未だに聞けていない。

 そこでこの昼休みに、ヤツを上手く昼メシに誘ってから、そこで聞き出そうと思ったのだが……
 考えが甘かった。

 あの風紀委員会や、中央委員会のやつらが必死になって捕まえようとしても
 危なげな様子を微塵も見せずに逃げ切るようなヤツだ。
 その気になれば、俺から逃げるなんざ造作も無い。

 要はまたしても逃げられたということである。



 俺があいつに声をかけようと席を立った時には、目標の姿は視界から既にロストしていた。
 授業が終わった瞬間に立ったというのにも関わらずだ。
 杉並の席の下には、どこかへ通じる秘密の通路でもあるのだろうか?
 そんなことすら想像してしまった。





 とりあえず、いつまでも教室にいてもしょうがない。
 萌先輩からのお誘いもあることだし、さっさと屋上へ行くとしよう。

 眞子も連れ立っていこうと思ったが、どうやらあいつは先に行ったらしく、
 教室にその姿を確認することはできなかった。



 俺が教室を出ようと、ドアを開けた時―――目の前に見知った顔の女子がいた。
 普通、ここで見かけることは少ない女子。そいつは………


 「あっ、朝倉先輩! ちょうど良いところに―――」

 美春だった。


 「よう美春。音夢に用か? なんなら、呼んでやるぞ」

 「えっと〜、音夢先輩にも用事はありますけど、まずは朝倉先輩です」

 「俺に?」

 わざとらしく疑問符をつけて、上がり調子で聞き返す……が、実際の所大方予想はついていた。


 「はいっ! 今日は、先輩に義理チョコを持ってきたんです!」

 「わざわざ自分で義理って言うか、普通?」

 「あっ、あはははは。と、とりあえずどうぞ!」

 笑って誤魔化すのはいかんな美春。

 と、心の中で突っ込みを入れつつ、差し出されたチョコを受け取る。
 その形状は、俺がよく目にする美春の好物のそれだった。


 「お前、もしかしてこれ―――」

 「はい! 美春特製バナナチョコです!」

 俺が『バナナ系統か?』と聞こうとしたが、先を越された。


 「チョコバナナの間違いじゃないのか……?」

 「全然違いますよ〜。チョコバナナは、バナナの表面にチョコレートがコーティングしてあるお菓子ですけど、
  このバナナチョコは、チョコレートにバナナのエキスが加えてあるお菓子なのです!」

 「はぁ」

 ため息混じりに返事する俺。正直、美春には呆れを通り越して感心してしまう。
 まさか、バレンタインのチョコにまでバナナを持ち出すとは……
 こいつのバナナに対する愛は、山より高く、海よりも深いって感じだな。

 だが、『美春特製』ってことは、恐らくあいつのお手製だろう。
 俺の知り合いの中でも1,2を争う料理の腕前を誇る美春の特製だ、味には大いに期待できる。



 「ささ、遠慮せずにどうぞどうぞ」

 「ああ。じゃあ、ありがたくいただくぜ」

 美春に勧められ、包装を解く。
 この綺麗な包装も恐らく自作なのだろう、器用なヤツだ。

 中から出てきたのは、思った通り、バナナ型であった。
 心なしか、色も黄色がかっているような気もする。

 開けた瞬間、バナナの甘ったるい匂いが鼻をつく。
 美春は、その匂いを嗅ぐだけでうっとりとした表情になった。
 食いたいなら、自分の分も作ってくればいいのに……

 とりあえず一口。


 「美味い。単純に美味いな、これは」

 「ありがとうございます! 朝倉先輩!」

 率直な感想。それを聞いてパッと明るくなる美春の表情。
 もっとも、元から暗いものではなかったが。



 「っと、そう言えば屋上で萌先輩を待たせてるんだった。
  美春、悪いけどまた今度な!」

 「はい! また今度です、朝倉先輩!」

 チョコを口に一気に押し込んで屋上へと向かった俺を
 美春は笑顔で手を振りながら見送っていた。


 「それと……チョコ、サンキュー!」

 「はい!」

 さっきより、美春の表情がもう一段階明るくなる。
 見ているこっちまで嬉しくなりそうだった。










 「あっ、朝倉じゃない。まだ行ってなかったの?」

 「おお、眞子じゃねえか。そりゃこっちのセリフだっての」

 屋上へと向かう階段の前で、偶然にも眞子と出会った。
 そのままの流れで階段を一緒に上る。

 俺1人ならすぐに上りきってしまうところだが、今日は眞子もいるため結構ゆっくりとしたペースだ。


 「何やってたんだ? 俺よりだいぶ早く教室を出てたし、もう着いてるかと思ったぜ」

 「うん、ちょっとね。ことりと話してたんだ。朝倉は?」

 「……ふっ、男にはな、秘密の部分があるものなんだぜ、眞子」

 ちょっと杉並みたく、キザに言ってみる。
 「何よそれ?」とか言う眞子の突っ込みが耳に入ったが、ここは気にしないでおく。
 まさか、『美春からチョコをもらっていたから遅れた』―――なんて、馬鹿正直に言うわけにもいかないしな。


 「変なの。まあ、いいわ。それより朝倉、あんたに1つ聞きたいことがあるんだけど」

 「何だ? もらったチョコの数でも聞くのか? 残念ながら、お前がもらった数には到底及ばんぞ」

 眞子は後輩の女子たちに絶大な人気をほこっている。
 恐らく、今年も相当数のチョコをもらっているはずだ。


 「あんた、三途の川を泳いで渡りたいようね?」

 眞子の炎をまとった拳が突き出される。
 さすがにこれ以上茶々を入れるわけにもいかず、ひとまず黙る事にした。
 しかし、冗談の分からんヤツだな……


 「いい? 今からする話は、あくまで例え話だからね? そこの所、よく分かった上で聞きなさいよ?」

 「分かったから早く話せよ。あんまりもったいぶってると、屋上に着いちまうぞ?」

 何だかんだで半分近く上ってしまった。
 さっさと話してくれないと冗談抜きで屋上に着きそうだった。


 「えっとね、もしもさ、ある行事と誕生日が重なっちゃてる子がいたら……朝倉はどう思う?」

 「どう思うって……そう言われてもなあ。質問の意図もよく分からんし」

 「そう……」

 やたら残念そうに呟く眞子。さすがにいたたまれないので、ちょっとフォローを入れてやる。



 「まあ、何だ。その行事のせいでそいつの誕生日が忘れられてるっていうなら、そいつはかわいそうだな」

 「じゃあさ、朝倉だったらその子、祝ってあげる?」

 「そりゃ、そいつと仲良くて、その上で思い出せばな」

 「そっか。うん、ありがと、とても参考になったわ」

 眞子が、何だかよく分からない事を言った。
 結局なんだったのか聞こうとしたが、既に俺達は屋上へと続く扉の前に来ていた。



 ……まあ、最後の眞子は嬉しそうだったし、良しとしておくか。










 鉄でできた、少し重目の扉を開ける。
 目の前に広がる見慣れた屋上。そして、すぐに萌先輩の姿を発見し、そこへと歩み寄った。
 しかし、屋上に畳をだして、鍋をつつく風景というのは、何度見ても奇妙なものだ。



 「こんにちは〜朝倉くん、眞子ちゃん。あと少しで出来あがる所なんですよ〜」

 「そうなんですか。
  ところで先輩、今日の鍋は一体何なんですか?
  眞子から、特別製だっては聞いてるんですけど……」

 「それは見てのお楽しみです〜。もうちょっと待っていてくださいね〜」

 ……気になる。秘密にされると無性に気になるのは、人間の性というものだろう。
 そういうワケで、眞子に聞いてみた。



 「えっ? 今日のお鍋のことを知りたい? そりゃ私だって知りたいわよ。
  お鍋のことは、いつもお姉ちゃんに任せっきりだから、私も知らないのよね」

 「まったく謎に包まれたままってワケか……まあ、萌先輩だから、間違いは無いと思うけど」

 「う〜ん、でもこのさっきから匂ってる、この甘〜い香りが気になるのよね」

 訝しげに眞子が言った。
 確かに香りは気になる。そして、これを嗅ぐと、とんでもない想像が頭をよぎってしまう。
 まさかとは思うが………





 「朝倉く〜ん、眞子ちゃ〜ん、できましたよ〜」

 「あっ、どうもです萌先輩」

 「それでは開けますよ〜」

 萌先輩がそう言うと、鍋蓋を取った。



 「こっ、これは……」

 「……黒いお鍋なの、お姉ちゃん?」

 思い思いの感想を述べる俺と眞子。
 眞子の言う通り、今日の鍋だしの色は、黒―――というか濃い茶色だった。


 「萌先輩、もしかしてこれ……」

 「はい〜。今日はバレンタインデーなので、チョコフォンデュにしてみました。
  朝倉くん、これが私からのバレンタインチョコです〜」

 「は、はぁ」

 思わずため息まじりの生返事になってしまう。
 チョコフォンデュというのも、確かに聞いた事が無いわけでもないが、
 現物を見ると少し食欲が減退してしまう。

 だが、萌先輩がせっかく作ってくれたチョコを食わないわけにもいかず、
 第一に、コレを食べないと昼メシ抜きになってしまうので、とりあえず箸をつけてみた。

 とりあえず、えのきでも食ってみるか…………



 「美味い……な、コレ」

 「気に入ってもらえて嬉しいです〜」

 その場にいた3人は同時に笑みを浮かべた。
 もっとも、萌先輩の場合は『喜んでもらえて嬉しい』というような類の笑顔で、
 俺と眞子は『味と見た目とのギャップに苦しむ苦笑』だったが……









 「はぁ〜、食った食った」

 「お粗末様です〜」

 見た目はともあれ、味は良かった。
 もしかしたら、いつもの鍋より美味い……かも。

 しっかし、汁物のバレンタインチョコなんて初めて見たな。
 思えば、さくらの五稜郭チョコなんかは、まだマトモな部類かもしれない。



 「そう言えば眞子ちゃん、朝倉くんにチョコをあげないのですか?」

 ふと、思い出したように萌先輩が言う。
 眞子のチョコだって?


 「えっ!? やっ、やだなぁお姉ちゃん。私がこいつにチョコなんて!」

 「でも、夕べあんなに一生懸命になって―――」

 「ストップ、スト〜ップ! お姉ちゃん、それ以上はダメ!」

 なにやら、俺の知らない所で話は進んでいるらしい。
 萌先輩が何か言おうとしていたのを、眞子が慌てて遮った。


 「なんだよ眞子、あるならあるって、最初から言えばいいのに」

 ちょっと意地悪く言ってみる。


 「あんたも、バカ言ってんじゃないの!」

 「違うのか?」

 「あ〜、う〜」

 それに対し、昔の総理大臣みたいに言葉を濁す眞子。らしくないな…………



 「わっ私、用事思い出しちゃった! お姉ちゃん、悪いけど後始末お願い!
  朝倉、あんたも手伝いなさいよ!? 
  それと、チョコをたくさんもらっても、鼻の下のばしてデレデレしないの!」

 「俺のどこがデレデレしてるんだよ!」

 そんな俺の反論も聞かず、眞子は逃げるようにして走り出して―――


 あっ、コケた。ホントにあいつらしくない。

 大体、用事ってのも本当にあるのかどうか怪しい所だ。
 まあ、追及はしないが。



 ……後でちょっと話しかけてみるか。













 心に何か引っかかるものを残しつつ、午後を過ごした。
 引っかかるものとは、自分でもよく分からないが、どうやら眞子のことらしい。
 朝の杉並の言葉も気になるには気になるのだが、もう大したことはない。

 朝の妙な態度。
 階段での意図が読めない話。
 昼のチョコの話題が出てからの行動。
 他にも挙げれば色々出てくると思う。

 何なんだろうな、あいつは。



 授業中、何度もチラチラと視線を送ってみるが、別段変わった様子もなかった。
 だが、眞子のこんな変わらない様子が、逆に俺の困惑を深めているのだが。

 そんな俺のことなんて気に留めることもなく、時間は駆け足の如く過ぎていった。





 そして放課後。気付けば、教室には誰もいなかった。
 バレンタインチョコは、誰の目にもつかない場所でやり取りされてるんだろうなぁ。
 とか、かったるい想像をしてみる。

 ……ああ、ホントにかったるい! 考えるんじゃなかった!



 「俺も帰るか」

 そんな独り言を呟いて席を立つ。


 するとほぼ同時に、1人の女子が教室に入ってきた。



 「あっ! 朝倉く〜ん」

 ことりだった。
 彼女が俺を見かけて歩み寄ってくる。


 「良かった、まだ帰ってなくて! 昼休みも探したんだけど、何処にもいないんだもん」

 「探してたって……俺をか?」

 「もっちろんです!」

 昼休みは屋上にいたからな……よっぽどぶっ飛んだ思考の持ち主で無い限り、
 見つけるのは難しいだろう。


 「何か用か? おごってくれとかなら、今はあんまり金が無いから無理だぞ」

 「おごってくれるなら嬉しいですけど、そんなんじゃありませんよ。
  今日は、朝倉くんに渡すものがあって来たんです」

 「渡すもの? それってもしかして―――」

 「はい! バレンタインチョコです!」

 俺が言うまでもなく、ことりがチョコを差し出した。
 「サンキュー」と、軽く礼を言ってから受け取る。

 正直、誰もいなくて助かった。
 男子諸君がいれば、かなり痛い視線を注がれていただろうし、
 音夢や眞子がいたら、それはそれで、また別の痛い視線を受けていただろう。

 そう、もし彼女たちがいたならば……



 カツンッ―――



 突然、何か固めの物が、同じく固いリノリウムの廊下に落ちる音がした。
 音源へと目をやる俺とことり。


 「んげっ!?」

 思わず、妙な声を上げてしまった。
 なぜなら、その方向には―――


 「まっ、眞子ぉ!?」

 眞子が立っていた。



 その場に沈黙が訪れる。

 さっき想像した、痛い視線とはまた違った意味での痛さ。
 心に、ズンと重いものがのしかかるような痛みを伴う沈黙だった。



 永遠だったのだろうか、一瞬だったのだろうか?
 しばらくすると眞子はなにやら呟き、
 落としたであろう物を拾ってから、その場を逃げるように駆け出した。
 そんな情景が、俺の頭の中で、今日の昼のそれと重なる。

 だけど、昼とは決定的に違うところがあった。

 「泣いてましたね……眞子」

 「ああ」

 それは、あいつの頬を流れる光るものがあったこと。





 「ごめんなさい、朝倉くん」

 「ことりが謝ることなんかないさ。
  しっかし、どうするかね……」

 「それはもう、決まってるじゃないですか!」





 「追ってあげてください、眞子を」

 当然と言わんばかりの様子のことり。
 まあ、ある程度は予想していたけど。


 「しかしなぁ、あいつは何で逃げたんだ?
  ことりから、チョコをもらうぐらいであそこまでなるとは思えないし」

 そう言えば、朝から妙だったな―――と、付け加えながら言った。


 「好きな人が、チョコをもらう現場を見たらショックですよ……」

 「えっ?」

 妙なワードを耳にし、思わず聞き返す俺。


 「ううん、何でもないです。それと朝倉くん、ただ追いかけるだけじゃダメだと思います」

 「追いかけるだけじゃダメって……じゃあどうすればいいんだ?」

 「どうすればいいかを教えることはできませんけど、とっても大きなヒントをあげます。
  眞子は、思い出して欲しいんですよ、大事な事を」

 「大事な事? それはあいつにとって、ってことか?」

 何も言わずに頷くことり。


 眞子にとって大事な事? 何だそりゃ?
 少ない脳みそをフル回転させて考える。





 そうすると、今朝杉並が言っていた妙な言葉……


 『自分の周りにいる者のプロフィールぐらいは把握しておいた方がいいぞ』


 これが、何故だかどうしても引っかかった。



 ―――プロフィールだと?
 プロフィールって言えば、名前、身長、好きな物、それに……





 「そうか! 思い出したぞ!」

 「分かりましたか!」

 大声を上げた俺に反応するかのように、極上の笑顔になることり。



 「でも、何でことりがこんな事知ってるんだ?」

 「眞子とは友達ですから。今日話した時に聞いたんです」

 なるほどな。そういえば昼休みに、眞子とことりは話してたんだっけ?


 「それにしても朝倉くん、忘れちゃうなんて、うっかりしすぎですよ」

 「ああ、ワリイワリィ。お小言なら後で聞くからさ」

 「謝るなら、眞子に謝ってあげてください」

 例えばお姉さんだとか、ちょっと年上ぶった口調のことりに、
 しっかりとクギを刺されてしまった。
 こりゃあ後で『ちゃんと謝ったんですか?』って聞かれそうだな。





 「じゃあ俺、そろそろ行くわ。
  ありがとな、ことり。チョコも、眞子のことも!」

 「いいえ、お構いなく。朝倉くんも、頑張ってくださいね!」

 そう言うとことりは、俺を励ますかのように親指を立てた。


 「おうっ! 任せろ!」

 力強く答え、走り出した俺に、ことりはいつもの微笑みで『バイバイ』と言った。




 「ふぅ。お人好しだな、私も……」

 とても聞こえる距離じゃないはずなのに、ことりのそんな呟きが聞こえたような気がした。
 そんな彼女の優しい言葉が嬉しくて、心の中で改めてことりに感謝した。















 無我夢中で走って、俺はようやく眞子を見つけた。



 「よっ」

 できるだけ平静を装い、いつも通りの調子で声をかける。

 「あっ、朝倉……!?」

 俺の登場がよほど意外だったらしく、眞子は声と表情でそれを存分に表してくれた。
 泣いていたのであろう。
 急いで涙をぬぐう動作を見せる。

 「やっぱりここにいたか」


 眞子がここ―――桜公園にいるっていう根拠なんて全くもってなかったけど、それでも何となくここにいそうな気がした。
 俺も、ちょっとは女の子の気持ちを分かっているってことかな?





 「何で……追いかけてきちゃったのよ」

 「えっ?」

 眞子がかなり暗い調子で呟いたので、思わず聞き返してしまった。



 「私に、構わないで!」

 そう言うと眞子は、急に駆け出した。
 追うかどうかを一瞬ためらったが、迷う必要なんてなかった。

 チッと軽く舌打ちすると、俺も次の瞬間には走り出していた。





 眞子は結構足が速かった。
 それこそ、音楽部にしておくにはもったいないぐらいに。

 だけどやっぱり女の眞子が、男の俺から逃げるには限界があった。

 どのくらい走ったか分からないが、結局はあの枯れずの桜、
 俺が幼い頃、『秘密基地』と呼んだあの場所で捕まえた。

 捕まえるといっても、生半可なものではなく、俺は眞子の腕をしっかり掴んでいた。



 観念したのか、そのまま桜の幹に身を預ける眞子。
 どうやら、俺の話を聞いてくれる気になったらしい。
 顔と顔との距離が近い。見ようによっては、恋人同士に見えないこともないだろう。
 心臓が何故か早鐘のように鳴っている。





 桜をバックにして、間近で見る眞子はいつもよりぐっと女の子らしくて、幻想的だった。
 不覚にも、可愛いと思えてしまうほどに―――





 「ことりは、いいの?」

 走りながら泣いていたのか、目の端に涙をためながら言う眞子。


 「いいのって、何がさ?」

 「だってチョコをもらってたじゃない」

 やっぱこれか。
 早とちりなやつめ……


 「誤解してるみたいだから、一応言っておくけどさ。
  俺とことりはただの友達で、別に何でもないんだぜ?
  チョコだって、義理チョコだし」

 聞かれてもいないことをベラベラと喋る俺。
 どっかの誰かと同じだな、これじゃあ。

 ちなみに、最後のについては、確証は無い。


 「本当?」

 「ああ、本当だ」

 「本当に本当?」

 「ああ、そうだって」

 意外と疑り深いやつだな、こいつ。


 「本当に本当に―――」

 「止めい! いい加減にしねぇと、日が暮れちまうだろうが!」

 泥沼に突入しそうだったので強制的に止めさせた。
 すると、眞子は「ゴメン」と言いながらペロッと舌を出す。
 そんな些細な動作も、今は妙に可愛く見えた。





 「そっか、そうなんだ……じゃあ、私も安心して渡せるわね。
  ことりから本命チョコもらってたら、
  私のなんていらなかっただろうからさ」

 言葉通り、安心したような笑みを浮かべる眞子。
 再び涙をぬぐう。
 どうやら、いつものこいつに戻ったようだ。



 「はい、朝倉。バレンタインチョコ」

 差し出された眞子の手には、オーソドックスなハート型の包装があった。
 昼間の萌先輩との会話から察するに、中身は多分手作りだろう。


 「んじゃ、腹も減ったし、ありがたくいただきますかね」

 自分でも、素っ気無いセリフが出たものだなぁと思う。
 だけど、何だか恥ずかしくて、そして嬉しくて……良い言葉が見つからなかった。

 こうやってチョコの包装を解くのは、今日になって一体何回目だろうか?
 そんな事を考えながら開けてみる。



 はたして現れたチョコは、チョコペンで何か書かれているわけでもなく、
 ホントに普通のチョコだった。
 多少ヒビが入っているのは、恐らくさっき落としたからなんだろうな。

 眞子に「開けたなら早く食べなさいよ」と言われつつも、
 見た目をじっくり堪能してから一口食べてみる。

 口に広がる甘ったるいチョコの味。
 今日何度も味わった感覚。
 眞子のチョコは―――

 「美味い。……今日食った中で、多分1番美味いぜ、眞子?」

 言葉に偽りは無いのだが、多分これは俺だけが持つ感想だろう。
 好みにもよるが、味だけでいけば美春のバナナチョコの方が美味いと思う。

 だけど、なんて言うか。
 眞子のチョコは、眞子の想いみたいなものが詰まっているような感じだった。
 眞子の、俺に対する想いが……


 「本当!? 本当に、そう思う?」

 嬉しそうな顔で言う眞子。
 頬をほんのり桜色に染めながら……


 「ああ、冗談は言うけど、嘘はつかないからな、俺は」

 「ぷっ、何よそれは」

 お互い、表情が緩んでいるのが感じられた。





 「眞子。俺も、お前に渡すものがあるんだ」

 努めて真剣な表情になってみる。


 「えっ?」

 「その、何だ。……忘れてて悪かったな」

 不意を突かれたからか、ともかく驚いている眞子に構わず、
 俺は、鞄から途中で買った物を取り出す。








 「誕生日、おめでとう眞子」

 さっきとは逆に、俺が手を差し出した。
 その上には、プレゼント用の包装がなされた小箱。


 「ずっと前に聞いたのを、ちょっと思い出してな。
  まあ何だ、泣かせちまったのに、手ぶらでチョコだけもらいに行くってのも……なぁ?」

 かなり恥ずかしいので、空いている手で頭をぽりぽり掻き、ちょっと目を逸らしながら言った。


 「いいのよ、言い訳なんて。私は今、最高に嬉しいんだから」

 ちょっと嗚咽混じりの声で言う眞子。
 そんなに……泣くほど嬉しいのか?


 「そっ、そうか?」

 マジで恥ずかしいな、これ。



 そんな雰囲気に耐えられなくって、眞子に早く開けるようにせかした。



 「わぁ……ありがとう、朝倉! 着けてみていい?」

 「ああ。そうしてもらわないと、贈った甲斐も無いからな」

 俺が贈ったのは、ちょっと洒落た銀のブレスレットだった。
 ネックレスとかでも良かったが、確かその類の物は持っていたはずだからな。


 「素直じゃないヤツ」

 「お互いにな」

 憎まれ口をたたき合う俺達。
 この辺りは、もしかしたら一生直らないかも。

 早速ブレスレットをつけた眞子。
 我ながらセンスがあったもので、かなり似合っていた。

 夕陽が反射して、光が俺の目にささる。



 「……………」

 「……………」


 そんな中で、妙な沈黙が流れる。
 さっきまで喋りっ放しだったのが嘘のようだ。
 どうやら、ここにきてちょっと意識してしまったらしい。





 「それと……ホワイトデーは期待するなよ? これ買っちまったから、一気に大ピンチなんでな」

 そんな沈黙が嫌で、照れ隠しみたく、こんな事を言った。
 他にも色々言えたのだろうが、こんな言葉しかないのが俺達らしいというかなんと言うか……


 「はいはい、期待しないで待ってるわよ。
  それに、どうせ音夢とか美春ちゃんにも色々あげなきゃいけないんでしょ?
  モテる男は辛いわね〜」

 そんな俺の意図を察してくれたらしく、いつも通りの口調で眞子が答える。
 もっとも、こいつも恥ずかしかったのかもしれないが。


 「まっ、そんな所だ。お前だって、また後輩の女子から大量にもらってるんだろ?」

 「まあね。じゃあそこら辺は、お互い干渉しないってことで」

 「そうだな」

 こんな事を言って、笑い合った。
 ムードもへったくれもありゃしない。





 「そろそろ帰ろうか、朝倉? もうだいぶ暗くなってきたし」

 「そうだな」

 眞子の申し出を快く承諾する。
 せっかく一緒になったのだ。方向も同じだし、たまには眞子と2人で帰るのも悪くない。





 「朝倉」

 不意に眞子に声をかけられた。


 「うん?」

 「今日は、ありがとう」

 「ああ……って、そんなに大袈裟に喜ぶことも無いだろ?」

 俺のもっともな疑問。
 こいつは交友関係も広いし、
 祝ってくれるやつなんて星の数ほどはいないにせよ、かなりいるはずだ。


 「な〜に言ってるのよ。誕生日おめでとうって言われれば、そりゃ誰だって嬉しいわよ」

 「そういうもんか?」

 「そういうものなの! それにさ―――」

 眞子が一呼吸おく。





 「朝倉が言ってくれた『おめでとう』だしね!」

 『嬉しい』というのに偽りは無いらしく、満面の笑みで言う眞子。
 付け加えると、『朝倉が』の部分をやけに強調して。


 「何だよそりゃ? 余計にわけ分からんぞ」

 「いいの、分からなくても! 深い意味は無いんだし!」

 自分で言っておいてそれは無いと思う。



 「ほらっ、走るわよ朝倉! 日頃の運動不足解消に協力してあげる!」

 「おっ、おい! 引っ張るなよ!」

 眞子に手を引かれながら、夕暮れの桜公園を2人で走る。
 多分、これも眞子なりの照れ隠しの方法なんだろうな。


 走っている眞子は、何が嬉しいのか今まで見たことも無いような笑顔だったし、
 俺自身も、頬の筋肉が弛緩しきっているのが感じられた。


 俺がこんな表情になるのは、多分こいつといて……楽しいんだと思う。
 眞子だって同じ想いのはずだろう。













 だけど、とりあえず今は、チョコもらって喜んで、誕生日を祝って喜ばれて……



 でも、お互い素直じゃなくて……



 それでも、お互いの考えてる事が何となく分かって……



 こんな感じのちょっと不器用な関係が、心地よかった。





 2人で一緒にいつまでも、どこまでも。



 プレゼントに込めて、君へと伝えたいもの。



 それが、君に贈る想い……













作者より……

ども〜、作者のユウイチです☆

D.C.バレンタインSS、君に贈る想いはいかがでしたか?
 
この作品、とあるコンペに出した作品だったりします。
かなり多くの方に先読み頼んだので、クオリティは高いものになってるハズです。
 
さて、内容についてなんですけど……本人としては、
相も変わらず不器用な眞子と純一の関係を出そうと苦心しました。
チョコを作ってきたことを最後の最後まで明かさない辺りとか
そういう部分に彼女の不器用さを感じていただければ幸いです。
 
それでは次回作で会いましょう!サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ




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